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マルコフ過程

$\bm{x}$ を物理系の状態を記述する1組の変数とする(各粒子の速度と運動量、 イジングモデルでの全スピンの配置など)。数値シミュレーションにより一連の $\{ \bm{x}_{i}\}$ が生成され、 $\{ \bm{x}_{i}\}$ はある確率分布 $P(\bm{x})$ に従う。

例えば、一様分布の乱数を使うと統計力学の物理量 $f$ のカノニカル平均は

\begin{displaymath}
f_n =\frac{\sum_{i=1}^n f({\bm{x}_{i}})\exp(-\beta {\cal H}(\bm{x}_{i}))}{\sum_{i=1}^n \exp(-\beta {\cal H}(\bm{x}_{i}))}
\end{displaymath}

とした時

\begin{displaymath}
\lim_{n \rightarrow \infty} f_{n} =\langle f \rangle
\end{displaymath}

で与えられる。 しかし、カノニカル平均では、平均エネルギー $\langle {\cal H}\rangle$ 近くの状態が主に寄与するので、 一様分布ではあまりにもサンプリングの効率が悪い。

そこで、あらかじめ確率分布を

\begin{displaymath}
P(\bm{x}) \propto \exp(- \beta {\cal H}(\bm{x}))
\end{displaymath}

ととることにすると、$f$のカノニカル平均は


\begin{displaymath}
f_n =\frac{\sum_{i=1}^n f({\bm{x}_{i}})}{\sum_{i=1}^n 1},
\qquad
\lim_{n \rightarrow \infty} f_{n} =\langle f \rangle
\end{displaymath}

となり効率的である。

次の問題は、望む確率分布 $P(\bm{x})$ に従う状態の系列 $\{ \bm{x}_{i}\}$ を生成するルールを見つけることである。


確率分布 $P(\bm{x})$ に従うシミュレーションの系列 $\{ \bm{x}_{i}\}$ を導くため、 状態 $ \bm{x}_{i}$ がわかった時に、次の状態 $ \bm{x}_{i+1}$ の確率分布を 与えるルールを考察する。 状態 $ \bm{x}_{i}$を与えた時に次の状態 $ \bm{x}_{i+1}$ に移る遷移確率を $W(\bm{x}_{i},\bm{x}_{i+1})$ と置く。 この時、 $W(\bm{x}_{i},\bm{x}_{i+1})$ が以下の条件を満たす時にマルコフ過 程(Markov process)と呼ぶ。

  1. 規格化条件
    \begin{displaymath}
\sum_{\bm{y}} W(\bm{x},\bm{y}) =1
\end{displaymath} (1)

  2. エルゴード性
    \begin{displaymath}
W(\bm{x},\bm{y}) >0
\end{displaymath} (2)

  3. Limiting probability
    \begin{displaymath}
\sum_{\bm{x}} P(\bm{x}) W(\bm{x},\bm{y}) = P(\bm{y})
\end{displaymath} (3)

[説明] 状態 $\bm{x}$をベクトル空間とみなした時、遷移確率 $W$ をその上の線形変換(行 列)とみなすことが出来る。規格化条件とエルゴード性より、$W$ は(縮退のな い)最大固有値$1$ を持つ。 Limiting probability の条件より、最大固有値$1$ に対応する固有ベクトルは $P(\bm{x})$ であることがわかる。 したがって、$p$ が十分大きい時に $W^{p}$ を任意の状態に施すと、 $P(\bm{x})$ の平衡分布に近付く。 つまり、遷移確率 $W$ にしたがって $ \bm{x}_{i}$ を生成すると十分長い回数 の後には望んだ確率分布 $P(\bm{x})$ に近付く。


統計力学などでモンテカルロシミュレーションする場合は、遷移確率 $W(\bm{x},\bm{y})$ をもっと単純な過程に分解し、

\begin{displaymath}
W(\bm{x},\bm{y}) = \sum_{\{\bm{z}_{i}\}}
W_{1} (\bm{x},\bm...
...2} (\bm{z}_{1},\bm{z}_{2}) \cdots
W_{k} (\bm{z}_{k+1},\bm{y})
\end{displaymath} (4)

とする(例えば状態 $\bm{z}_{j+1}$ は状態 $\bm{z}_{j}$ と局所的な違いしか無い)。 この時、マルコフ過程の Limiting probability の条件は
\begin{displaymath}
P(\bm{x}) W_{j}(\bm{x},\bm{y}) = P(\bm{y}) W_{j}(\bm{y},\bm{x})
\end{displaymath} (5)

という詳細釣合(detailed balance)の条件に置き換えることが出来る。


[問題] (3)の左辺に (4)、 (5) を代入して (3)の右辺となることを確かめよ。


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Kiyohide Nomura 平成17年6月13日